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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1758号 判決

控訴人 被告 株式会社第一銀行

訴訟代理人 佐生英吉 外二名

被控訴人 原告 作山喜久男

訴訟代理人 鈴木義男 外一名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実並びに証拠の関係は、

証拠として新たに、被控訴代理人において当審証人本田四郎の証言を援用し、控訴代理人において当審における被控訴本人作山喜久男の尋問の結果を援用した外、

すべて原判決の「事実」の部分に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は原判決の認容した限度において被控訴人の本訴請求を正当と認める。而してその理由は、以下に附加、説示する外、原判決がその「理由」の部分において説示するところと同様であるから、これを引用する。

即ち、

当審証人本田四郎の証言並びに被控訴本人作山喜久男の尋問の結果をも原審認定の資料に加える。控訴人が当審において援用する証拠によつては原審の認定事実を覆すに足りないし、他にこれを左右するに足る証拠はない。

而して当裁判所も亦原審と同様に本件における訴外岩手殖産銀行と控訴銀行京都支店との間の電信送金契約がいわゆる第三者のためにする契約たる性質を有するものと解する。なるほど、控訴人主張の如く、本件電信送金に関する送金依頼人と委託銀行(仕向銀行)、右委託銀行と受託銀行(被仕向銀行)との関係がいずれも単なる委任契約に基くものであり、送金受取人は受託銀行に対する送金支払請求権を取得するものではないとする論もないではないが、電信送金は送金依頼人が送金受取人に対し迅速且つ確実に送金をする目的を達するために設けられた制度であるから、送金依頼人から委託銀行に対し送金が依頼せられ(通常送金依頼人は同時に委託銀行に現金払い込み、又は預金から振り替える等現実に払込があつたと同視すべき取引が行われる。)これに応じて委託銀行と電信送金取引契約のある受託銀行との間において送金受取人に現金の支払をする送金契約がなされた以上、送金受取人は受託銀行に対し受益の意思表示をすることにより、原則として受託銀行に対し直接送金の支払を請求し得るものとするいわゆる第三者のためにする契約がなされたものとする方が、より取引の実情に適し、且つ、送金制度の目的にも合致するものであつて、送金受取人が受託銀行に対し直接送金支払請求権を取得せしめて送金受取人は固より送金依頼人の電信送金制度に対する信頼感を増加せしめることにより、その制度の円満な運営と発達に寄与することになるものと考えられる。即ち、電信送金を取り扱う銀行業者はいずれも最も信頼度の高い資産内容を有し、且つ、通常相互にその資産内容に通じているからこそ、委託銀行と受託銀行との間において迅速且つ確実な送金に関する取りきめをなし、現金の授受を省略して送金を実施する反面その送金資金の決済をなす方法をも定めた基本たる電信送金取引契約が締結されているものというべきであるから、仮に委託銀行の資産内容が悪化したため受託銀行において送金資金の回収決済ができなくなるような虞れのある場合においては、(現在の銀行業者としては、委託銀行から電信送金の委託があつてから送金受取人が受託銀行において送金を受領するまでの極めて短日時の間において、委託銀行がかかる資金回収ができなくなるような事態に陥ることは通常あり得ない。)受託銀行においては委託銀行から送金の委託(個々の送金契約)がある際には、かかる虞れある事態を知つているのであろうから、基本たる電信送金取引契約の解消少くとも個々の送金委託の拒絶をなし、送金受取人の受託銀行に対する送金支払請求権の発生以前に受託銀行の不測の損害を防止し得る措置をとることが可能であるといえる。従つて既に受託銀行が個々の送金委託を承諾した以上、(本件においては当時委託銀行たる岩手殖産銀行の資産内容が悪化し、受託銀行たる控訴人において本件電信送金に関する資金回収不能の虞れがあつたとの証拠はない。)、受益の意思表示により送金受取人に直接送金支払請求権を取得させても格別受託銀行にその資金回収の不安を生ぜしめるものとはならない。もとより電信送金における個々の送金契約を第三者のためにする契約と解しても、送金受取人が受託銀行に対し受益の意思表示をするまでの間においては、受託銀行の立場は控訴人の主張する如く単なる委任契約と解する場合と何等の差異がなく、送金受取人に直接請求権が発生しないから、受託銀行は送金受取人に送金の支払をなすを要しないし、送金依頼人と送金受取人との間の送金に関する原因関係が変更ないし消滅した場合には送金依頼人において送金委託を解除することは可能である。第三者のためにする契約と解するときは、送金受取人の受益の意思表示があつた後においては、送金依頼人、送金委託銀行又は受託銀行の側において送金に関する契約を解除することはできないが、かかる場合には送金受取人は送金依頼人に対し、その返還義務を負うものとして当事者間の決済にまかせて差支なく、受託銀行は送金受取人に支払つた送金資金を最終的には送金依頼人の計算において回収し得るから、受託銀行としては特段の不安もなく、又かかる事態に介入して送金受取人に対する送金支払を拒絶し得るものとする何等の必要を見ない。控訴人の引用する判例(大審院判決大正十一年九月二十九日言渡、民集一巻五五七頁)は電信送金契約を以て第三者のためにする契約でないとしているが、当裁判所は電信送金契約の性質を上叙の説示に照らし第三者のためにする契約と解するから、右判例には従い得ない(なお、送金受取人の送金支払請求権と受託銀行の送金受取人に対する債権との相殺の問題は別途に解決することができ、送金受取人に現実に金銭を交付することを本旨とする送金契約の性質に鑑みるときは、かかる相殺は許されないものと解してもそのために特段受託銀行に不利益を来すものとは考えられない。)

以上説示のとおりであるから、控訴人の主張は採用しない。

然らば控訴人に対し本件電信送金百三十万円及びこれに対する被控訴人の受益の意思表示とともにその支払を請求した日の後である昭和二十四年八月一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を命じた原判決は相当であり、従つて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺葆 裁判官 牧野威夫 裁判官 野本泰)

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